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お散歩小道

気が向いた時の呟き・落書き
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12/18/00:14  ケータイ小説に関すること①

時期外れのトラックバックとなります。
この記事はケータイ小説大賞に関したものです。かなり外しています。

トラックバック元の「クリエイタァズ通信」さんでは、より具体的なトピックがあるのですが、それは後日、挑戦してみようと思っています(そんなワケで①と番号を振っていたりも……)。

それから、私は自分の書いているものの内容を信用してはいません。これは曖昧な情報と「イメージ」だけて書き連ねた文章でしかありません。
今回アップした上で、それを言い訳とさせていただきたいと思います。

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まず、初めに言い訳めいた事を書きますが、私は「ケータイ小説大賞」に参加していませんし、投票やレビューを書いたりもしていません。
完全な傍観者の立場で、まったく参加しなかった人間がこういった意見を書いていても、単なる「ぼやき」であることを、前もってお断りしておきます。
そして「ぼやき」には意見としてみるべき価値が薄いことも、付け足させていただきたいと思います。


ケータイ小説大賞とは、実に不思議な賞だったというのが個人的な感想です。
まず応募方法が謎でした。
一々「魔法のiらんどのBOOK機能」を使わなければいけない部分です。



利用者として素直に思いますが、魔法のiらんどのBOOK機能は携帯からの小説閲覧に特化したわけではないと思います。そもそも携帯から小説を読むこと自体が、めんどくさいし目も親指も疲れます。
さらに規定というのもあいまいです。何せ応募時に完結している必要がないのですから。
そのわりに賞金やら書籍化やら上等なエサをバラまいています。

この賞の目的とは小説を探すことではなく熱狂やイベントにあったのではないでしょうか。小説家の登竜門として考えるには、あまりにも異色です。紙ではなく携帯の液晶画面で読む小説を前提にしているのですから。
いえ、紙も携帯からでも通用する小説ということなのでしょうか。それでは普通の小説と同じです。ずっと前から出版社の携帯サイトでは携帯端末向けの小説サービスを提供していました。

次に「ケータイ小説」という言葉のあやふやさです。
a 誰でも簡単に書けること(メール感覚でもOK)
b 携帯から無料で(通信料は除外)読めること
c 普通の人が書いた小説だから本が苦手な人も親しみやすい

これらが「ケータイ小説」の持つ特徴として揚げられます。
そして作者と同世代の人間に指示されやすいという傾向をもっています。

携帯電話という身近な端末から、親しみやすい文章で、自分と同じ世代の人間が関心のある事柄を扱った小説を書いている。そこが魅力であり、熱狂する要素なのではないでしょうか。

同時に異なる世代への閉鎖性をも含んでいます。

書籍の世界でのベストセラー(もしくは名作)の条件とは普段そのジャンルには興味を持たない人間や、本を読まない人間、そしていくつかの世代に渡って手にすることができる作品が該当します。
本好きのみならず、普段関心を持たない人々を巻き込んでこそ、ベストセラーとなるのです。
しかし、ケータイ小説の主なユーザーは10代~20代の若者です。「本を読まない人間が読む」という点では被っていますが、対象としている世代は実に限られています。
ひとつの世代に絞り、彼らが作品に熱狂することこそが、巷でうわさになる「ケータイ小説」の要素となっているのでしょう。

けれども、若者にウケる作品のみが「ケータイ小説」ではないのです。書き手もまた多様であり、ただ単に携帯端末向けのホームページで小説を公開しているというだけで「ケータイ小説に」含まれていくのです。

「ケータイ小説」とは一体何なのか。
携帯向けに特殊な表記をすることが、なにも「ケータイ小説」の姿ではないのでしょう。
読みやすさに携帯的な書き方が及ぼす影響とは、実はあまり大きくはないのです。
だったら、携帯端末から読める作品すべてを「ケータイ小説」とみなすのでしょうか。
職業作家が仕事として掲載している「ケータイ小説」と、一般人が趣味として書く「ケータイ小説」の差はあまりにも大きいです。

熱狂やイベントであったのなら、「ケータイ小説大賞」というお祭りは書籍化という形で締めくくられるのでしょう。しかし一体誰のための祭りであったのか。それは参加者ということに名目上はなります。実質的には誰を対象にしていたのか、サッパリわかりませんが。
夢を持たせる書き方をすれば、素人の書いたタダで読める小説に企業が需要を見つけたということになるんでしょうか。しかしその夢は銭になるネタでなければ、手を出してくれないということですが。

おそらく「小説を書くことが」が今の時代の流行なんだと思います。若者文化の一つ、それも一つの側面から見たほんの小さなものに過ぎません。
「小説を書く」ということ、誰だか分らないけれど液晶画面の向こうに「自分の書いた小説を読む人間がいる」ということ。これらは永久的に保証されたものではありません。
文章を書きつづけることも、読みつづけることも、誰もがずっとできることではないからです。

「ケータイ小説大賞」とは流行にのった、お祭りのひとつ。それも携帯サイトを対象にした狭い世界での、低温度での熱狂でした。
それが利用者レベルの自発的な熱狂ではなく、業者主体であり、企画元の「小説」への捉え方が奔放すぎたこと、そういった面で作家としての道ではなく些細な話題性を重視した「イベント」であったのだと私は思います。
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